歴史の爪痕から現代を見つめ直す
いま本当に守るべき「命と暮らし」とは
先日、西南の役の激戦地であった半高山や田原坂の史跡に思いを馳せる機会がありました。
あの凄惨な内戦から140余年。
かつて近代化の波の中で生活や誇りを奪われ、泥濘の中で命を散らしていった若者たち。
そして昭和の戦争で、大義名分のもとに犠牲となった数え切れない命。
歴史を振り返ると、
いつも「国の都合」や「目に見える武力」の陰で、最も理不尽に切り捨てられてきたのは、名もなき市民の日常と命でした。
そしていま、私たちは新たな時代の岐路に立っています。
もし現代において
「第三次世界大戦」と呼ばれるような危機が訪れるとしたら、
それはもはや過去のようなミサイルや戦車が激突するだけの戦争ではないはずです。
インターネットに依存しきった電力・通信・水道網を一瞬で麻痺させるサイバー攻撃や、
国境も姿も見えない生物化学的な脅威。
ボタン一つ、プログラム一つで社会の心臓部を止められてしまえば!
弾道ミサイルをいくら備えていても防ぎようがありません。
目に見える軍備ばかりに莫大な予算を注ぎ込む安全保障のあり方に、いま強い疑問を感じています。
私たちが現実に直面しているのは、
毎年のように襲い来る線状降水帯、想定を超える豪雨災害、
そしていつ起きてもおかしくない巨大地震といった、地球規模の気候変動による
「現実の脅威」です。
さらに足元では、日々の生活を圧迫し続ける異常な物価高が、
多くの家庭や地域社会の活力を静かに削り取っています。
見当違いな軍事費の膨張を
見直し、その予算と知恵を、
崩れゆく国土を守る防災インフラの強化や、気候変動対策、
そして市民の生活を直接支える物価高対策へと組み替えること。
「国を守る」という言葉の本当の意味は、
遠くの敵に向けて兵器を構えることではなく、
今ここに生きる人々の命を災害から守り、
日々の穏やかな暮らしを破綻から守り抜くことにあるのではないでしょうか。
静かに広がる古戦場の風景を見下ろしながら、過去の犠牲を無駄にしないための
「真の平和と安全」について、改めて深く考えさせられています。
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