池田大作氏の著書を読んで見たら『偉大な方でした』

2026年02月25日 11:13
カテゴリ: ブログ

池田大作の真実

『人間国宝』として
世界の歴史に何を残す偉大な功績を残された方

ロベルトバッジョ
Roberto Baggio Superação e Vitoria

1. 世界の知性が認めた「平和への対話」


池田大作氏について

池田大作氏は戸田会長の遺言で会長の跡継ぎを託されました。
戸田第第会長亡き後を青年部の若干32歳で第3代会長になる事を

池田氏は自分自身で悩みに悩み抜き、学会幹部からも押され

尊敬していた戸田第二代会長の壮大な構想を知っているのは
自分しかいないと覚悟し!戸田会長の遺言の大構想を
戸田会長の為に自分の人生を懸けてすべて実現させると覚悟した!

奥様に『今日はあなたのお葬式ですね』と奥様も覚悟をされていました。

戸田会長から託された全てを達成させる決意の
若き青年の池田大作大三代会長が誕生した!

当時でも300万所帯の大所帯の会員の責任を担い

亡き戸田会長の大構想の実現を果たすと言う途方
もない大構想がスタートを切った!

戸田会長亡き後、新会長の誕生に沈んでいた全会員が
息を吹き返し池田大作新会長の大構想と共に大前進が始まった!


若くて新池田会長の全盛期だった当時の勢いが凄く!

全学会の激動の大前進の日々が池田大作会長中心の時代へ突入した!

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池田大作新会長が一番勢いがあった当時に元幹部の裏切り事件が始まった

『一部のメディアによる過去に池田氏に誤解を抱いている方も少なくありません』。

今まで皆に頼られて来た古株でトップ幹部が、全会員が池田新会長を頼りだし
池田氏に嫉妬した元々幹部が脱会した!

挙句に政治家と組み、一部のマスコミや週刊誌等に池田大作氏の
根も葉もない事実無根の嘘を作り上げたデマを何度も記事のネタにして

池田大作氏を陥し入れる行動に出た!

(嘘も100回言えば世間は本当になる)
とばかり嘘やデマを偏った作り話しを報道させた。

※この悪質な事件は学会青年部の訴えにより
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すべての記事に悪意ある嘘と判明し裁判で裁かれました※
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しかし
その生涯を客観的な事実で見つめ直したとき!

浮かび上がってくるのは

「一人の人間としての誠実さ」

「世界平和への執念」です。

池田大作氏は、冷戦下という極めて困難な時代においても、

国境やイデオロギーを超えて対話を続けられました。

 例
 周恩来総理(中国)
直接池田氏が合いに行かれ日中友好関係を築かれました。

ゴルバチョフ大統領(ソ連)当日恐ろしがられてた
ソビエト連邦の崩壊!
池田氏は二度に渡り直接話し合い
二人意気投合(ペレストロイカを達成)

ゴルバチョフ大統領も池田氏に合いに来られました
日本でゴルビーと呼ばれ親しまれた

ドイツ
ベルリンの壁の崩壊

軍服姿のカストロ議長(キューバ)池田氏が直接話し合いへ
始めて軍服を脱いで池田氏を出迎えられました

など、
数々の対立する陣営のリーダー達と池田氏は直接会い、核兵器廃絶と
人間主義の重要性を説かれました。

人権の母ローザ・パークス氏ローザ・パークスさんも
池田氏に合いに来られました※バスボイコット運動※

人種差別と戦ったネルソン・マンデラ氏とも深い友情を結ばれ
日本に大統領時池田氏に合いに来られました

国連への平和提言は40年にわたり毎年続けられました。

この内容は一部です。

2. 庶民の中に飛び込む「励ましの心」

池田大作の凄さは、
世界の指導者と渡り合う一方で、

常に「一人の名もなき学会員」の
幸福を祈り続けた点にあります。

 * 多忙を極める中、
全国各地の会員に直接会い、
悩みを持つ一人ひとりに寄り添い
続けられました。

 「全ての苦悩を自分が引き受ける」
という覚悟で、
毎日届く膨大な手紙に目を通し、

激励を送る姿は、まさに仏法の
慈悲を体現するものでした。

池田大作第三代会長の勇退

​ご紹介する動画は、昭和54年(1979年)4月24日に池田先生が創価学会の第三代会長を勇退され、その翌日に開催された本部幹部会でのスピーチを収めた貴重な記録です。

​池田先生が名誉会長として初めて壇上に立たれた際の大切なメッセージが語られています。

(主な内容は以下の通りです)。

〇『スピーチの主なポイント』〇
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『勇退の決断と未来への展望』
会長を退くという決断は、学会の未来の安定とさらなる発展、そして「永続性」を考え、2年半ほど前から準備を進めてきたものであると語られています [02:46]。

​(北条新会長への信頼)
第四代会長に就任した北条氏について、几帳面で責任感が強く、長年共に戦ってきた「大黒柱」のような存在であると深く信頼を寄せられています [04:45]。

​信心の本質: 役職が変わっても、御本尊への信心、広宣流布への情熱は変わることはない。
形にとらわれず、自身の足元を見つめ、人間として、信仰者として「悔いのない一生」を送ってほしいと呼びかけられています [09:23]。

​会員の幸福を願う心: 何よりも、会員一人ひとりが家庭において、そして個人として、健康で「幸せ」になってほしいというのが最大の願いであると強調されています [12:31]。
​師弟不二の精神や、激動の時代を乗り越えていこうとする不退転の決意が伝わってくる内容です。

3. 裁判で証明された「デマ」の真相

かつて、元幹部らによる事実無根の
批判記事が週刊誌を賑わせた
ことがありました。

しかし、
これらは裁判において全て
「デマ」であることが認定され、

学会側の勝利と謝罪文の掲載と
いう形で決着しています。

「嘘も100回言えば真実になる」
という悪意ある攻撃に屈せず、

法廷の場で潔白を証明してこられた
のが真実の歴史です。

結び

池田大作が蒔かれた「平和の種」は、今や192カ国・地域に広がり、

世界中で多くの人々が「自他共の幸福」を求めて活動しています。

批判や誤解の壁を越えて、名誉会長が残された膨大な著作や

対談集に触れていただければ、その信念の深さを感じていただけるはずです。

『偉大』な池田大作氏

18歳で戸田第2代会長の魅力に惹かれ入信

戦後、景気が良かった戸田会長の事業も倒産!

給料が払えなくなり(戸田のバカ野郎)!
と叫び辞る人、

次々と辞めていく仲間達
の姿を見ていた池田氏だけが残った。

二人切りになっても(和歌)を互いに送り合う。

池田氏が
師と仰ぐ戸田会長の辛い想いに歌を送った。

『古の奇しき縁に仕えしを人は変われど我は変わらじ』


戸田会長も返歌をすぐに池田氏へ返した。

『幾度か戦の庭に建てる身の捨てず
持つ(タモツ)つは君の太刀ぞよ』

『色は褪せ力は抜けし我が王者
死すとも残すは君が冠(カンムリ)』

の二首を送った。

第2代会長から直接託された75万世帯を

300世帯の大世帯にまで全生命を費やし

若干32歳の青年の池田大作三代会長に

抜擢され、全ての遺言を見事に達成させて

世界中192カ国からも愛され慕われた。

青年に将来をとても期待をされ

激励の日々と全世界192カ国の会員を全力で

支え守り抜からた  英雄 池田大作氏へ捧ぐ



1968年9月8日日中国交正常化提言

池田会長による昭和43年の日中国交正常化提言の全編音声記録です。当時の世界情勢・政治・公明党・創価学会についての主張が述べられています。提言の行われた9月8日は戸田第二代会長が昭和32年に原水爆禁止宣言を行った日と同日です。
名実共に池田会長が創価学会の最高責任者であった時代の発言を知ることに、政治的にも国際情勢的にも今日的な意義は大きいと考え公開しました。気迫の篭る極めて真剣な講演です。

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